5月, 2014 | ものづくりを支援するオフィス游

ブログ月別アーカイブ

monthly archives

2014年5月



2014年5月奥飛騨温泉郷の渓流釣行

奥飛騨温泉郷の高原川水系に渓流釣りに出かけた。今年3回目。
同年代の釣り仲間3人での釣り行である。3人合わせて206歳、まさにシルバー世代の釣り行となる。
今回はハプニングの連続であった。一人は川に落ちた。一人は鎖につまずき顔面から道に転んだ。
一番のハプニングは、39cmのイワナをゲットしたことであったかもしれない。

5月末の渓流は、雪代が入って水嵩が高く、ポイントが極めて少なくなっている。
水温は9℃と低く、4月よりも1~2℃低い。
気温は20℃以下で快適ではあるが、川は冬で厳しい釣りとなる。

しかし奥飛騨温泉郷の栃尾温泉に泊まっての温泉と渓流釣りの旅は、至福の時間を味わえる。
私たちの常宿は、民宿たからすぎである。
この時期、山菜のてんぷらや御浸しがでる。
飛騨牛やイワナの刺身、ヤマメの塩焼きなどがいただけ、地酒に下鼓を打つもう一つの楽しみが待っている。
もちろんかけ流しの天然温泉には入り放題、歩き疲れた体を休めるには欠かせない贅沢でもある。

さて肝心の釣り行は、厳しい環境の中であっても、きっちりと釣果を上げるのがシルバーフィッシングの面々の実力である。
Mさんは、何と39cmの巨大イワナを釣り上げた。
通常タモを使わない人ではあるが、これはやばいと同僚に助けを求めて確保した。
激流の中では無理に獲物を引き寄せてしまいがちではあるが、魚の動きに合わせて無理な力を掛けなかったことが功を奏した。
それにしても06ハリスで巨大獲物をあげたのは立派である。

私は、29cmのイワナと28.5cmの幅広ヤマメと25cmのヤマメをあげた。
この時期の釣果としては、満足できるものの、39cm巨大イワナの前には、かすんでしまう釣果であった。
Fさんは、25.5cmと24cmのイワナを釣り上げた。
釣果が上がらず一人苦労したが、餌に川虫を使うなど工夫をして釣果に結びつけた執念は、見事であった。

奥飛騨温泉郷の渓流釣りは、大物が釣れるのが嬉しい。
もちろん20cmクラスの渓流魚にはいつでも出会える。
そんなホームグラウンドが奥飛騨温泉郷である。


39cmの巨大イワナ


喜びのMさん


28.5cm幅広ヤマメ



理化学研究所の調査はどこへ向かうのか?

STAP細胞の論文不正問題で理化学研究所が揺れている。
小保方さんたちの論文不正の問題を調査する委員長の論文に不正が発見された。
その後も不正論文が見つかり、小保方さんの論文の調査だけで済ますことができない状態と思える。

そもそも論文の構成で過去の論文を参考にすることはマストである。
自らの論理だけで新規論文を組み立てることなど、不可能に近いし、論文そのものの信頼度が落とすことになる。
研究は先人たちの研究成果の上に立ってさらに高みに進めていくことが人類の研究活動の常であると思っている。
この観点でいえば先人たちの多くの研究をいかに参考にしたかが、論文を構成する上で大変重要である。
このとき参考にした先人の研究をすべて明らかにし、記述として残すことが常識である。

さらに研究活動がパソコンのなかった時代と比べ、多くのデータをパソコンに保存し、活用することが常識の範疇となる。
パソコンのなかった時代はノートに書き、限られた画像やデータをきっちりと保存しないとわけのわからないことになってしまう危険性をいつも感じていた。
最先端の研究論文を発表した経験のない私でも資料をいかに整理し、保存するかが重要であったかは理解できる。
しかしパソコンがツールとして使われるようになってから、研究活動が大きく変わったのではないか。

研究成果の画像やデータは簡単にパソコンで保存できる。
保存した画像やデータは、発表時に使用できる。
このとき使ったデータは一次データとして記録し保存することである。
すなわち手を加えた画像やデータは、新規のオリジナル一次データとなることを理解することである。

昔、コピーされたデータに自分で記憶のために書いた手書きのメモは、新規オリジナル一次データだと指導されたことを思い出す。
パソコンを使用して研究経過や発表するような研究状況の中で、依然として研究ノートにこだわっている。
このような理化学研究の研究姿勢そのものが現在の研究体制に対してマッチしていない、遅れているとは言えないだろうか。

このことに言及し論じることなく論文の不正があったかなかったかに注目し、過去の2万点を超える研究論文を検証するのは、あまりに近視眼的と言わざるを得ないと思う。
現状では簡単に論文の不正問題を起こしてしまう体制にあることを検証し、再発防止に向けて取り組みことであると思う。
STAP細胞の不正論文問題で悪意のあるねつ造や改竄がなかったことは、こうした研究体制の中で説明できる問題と思える。
その上で早々に研究活動に戻さなければ、世界から研究活動が遅れてしまうことを懸念する。